女性のうつ病罹患率の高さ
一般的に、女性は、生理学的なホルモン分泌の不安定さや社会的性差(ジェンダー)による影響、ライフイベントのストレスなどによってうつ病に罹患しやすいと言われます。疫学的調査の統計によると、うつ病(気分変調障害)の生涯有病率は男性の約2倍であり、うつ病以外の精神疾患に罹患する確率も女性のほうが男性よりも高くなっています。
うつ病を発症しやすい好発年齢は、男女を問わず、外部の環境変化や人間関係の葛藤に敏感な青年期前期(20代前半)と社会的責任が過重になって仕事が忙しくなり、子どもが成長して家庭生活が空虚なものとなりやすい壮年期(40代〜50代)です。壮年期は一般に中高年の世代と呼ばれ、女性にとっては閉経を控えてホルモンバランスが崩れやすい年代で、生理学的に不安定な更年期と呼ばれたりもする時期です。
中高年期の女性のうつ病は、更年期うつ病と特定化されて呼ばれることもありますが、40代〜50代の女性は気分の変調や意欲の落ち込み、情緒不安定、身体愁訴(原因不明の身体症状)を体験しやすいという事ができます。また、気分障害で男女差が認められるのは、単極性障害(うつ病)のみであり、先天的要因の関与が大きいとされる双極性障害(躁鬱病)の発症率に関しては男女差がありません。
女性のライフスタイルの多様化とライフイベントの個別化
男女平等を前提とした教育や経済活動の知性化、職場環境の情報化により女性の社会進出が進んだ現代社会では、従来の近代産業社会にあった『結婚して専業主婦となり、子どもを産む』という平均的な女性のライフスタイルや標準的な家族構造に基づく議論が通用しない場合が増えています。
ここでは、経済活動における男女平等や社会的性差を自由化しようとするジェンダー・フリーの是非については詳述しませんが、経済領域を中核とした男女平等に賛成の人は個人主義を前提とした自由化志向を持ち、反対の人は共同体の伝統的価値観を重視する秩序志向があるといえるのではないかと思います。
また、ジェンダー・フリーと対立しやすい伝統的家族制度の根本にある思想は、『安定して子孫を次世代に継承していく事を、人生の第一の目的に置く思想』であり、『女性が結婚して出産する事をそうしない事よりも価値が高いとする考え方』だといえます。私は、安定した家庭を築いて子孫を未来に残していこうとする生き方を基本的に承認しますが、結婚しないという選択や子どもを産まないという判断についても同様に支持します。
国家の経済規模を縮小し社会保障を困難にするとされる少子高齢化問題についても、個人の結婚や出産の選択を啓蒙することはできても強制することは出来ないので、政府は現在の国力や人口動態に応じた政治運営や社会制度を工夫していくべきだと考えます。個々人の価値観や行動選択を、国家(社会全体)の思惑によって抑圧することには最大限の注意が必要でしょう。個人が、自らの人生の幸福や充実を考えながら主体的な選択をする自由を確保しながら、国家の人口規模と財政状態に応じた有効な政策を模索していくことが重要なのではないでしょうか。
『男性は仕事・女性は家事』という伝統的家族形態を昔のまま維持したいと考える保守的な価値観は、現代ではさまざまな要因によって非常に実現が困難となっています。また、その価値観を積極的に支持する層も若い世代になるほど少なくなり、女性も家庭で家事育児のみに専従するのではなく、社会に出て経済的収益や遣り甲斐につながる仕事をしてみたいという人たちが増えています。
三世代以上が同居する大家族の減少と核家族の増加という家族構成の変化によって、舅・姑との対人関係の葛藤やストレスが減少する一方で、育児に要する精神的・時間的負担が増大しました。夫婦と子どもだけの核家族の増加という時代の変化は、祖父祖母や親戚との人間関係を疎遠にし、伝統的な価値観の継承を困難にするという影響を与えました。
核家族で生活するという事には、他者に干渉されない自由な家庭生活を獲得できるという良い面がある一方で、育児環境における人間関係の貧困や子どもの対人スキルに関連する精神発達の未熟、子育てに対する夫婦の負担の増大という悪い面もあります。
若年者層には時間給で雇われるアルバイトやパートが多く、正規雇用の社員ではない期間限定の契約社員が増えているという雇用情勢の変化も、結婚の晩婚化や非婚化に大きな影響を与えていると言われます。安定した収入と地位を持つ正社員・公務員が従来の雇用の平均的な形態でしたが、慢性的な景気低迷と雇用に陥っている現在では、(個人のライフスタイルの多様化で長時間拘束を嫌う層の増大の影響もあって)アルバイト・パート・契約社員などが増えて雇用形態が多様化しています。
雇用形態の多様化と合わせて、家計を夫一人の収入だけで支えることが難しい世帯も増え、結婚して以降も夫婦二人で仕事をする共働きの家庭が過半を占めるようになってきました。早期に幸福な家族形成を目指して結婚を選択する女性もいれば、高学歴を経て職業生活のキャリアを積む女性、独自のアイデアや経験を活かして起業し経済的成功を収める女性もいます。
急速な社会変動と価値観の変化に合わせて女性のライフスタイルは多様化し、単一の発達心理学的理論や社会学的統計などによって女性の人生の平均像を描くことは困難になっています。結婚育児に対する価値観も個別化し、結婚適齢期や育児の方法などに対しても『今が最も適切な時期である・これが最も有効な育児方法である』という絶対的な模範(規範)が不在になっています。
この社会における中心的な価値観が不在な状態、帰属集団における強制的な規範が有効に機能していない状態をアノミー(無模範・無規範状態)と呼ぶこともあります。アノミーの様相が強くなってきた社会環境においては、個々人は周囲の大多数の人の行動に合わせるだけでなく、自分の経験や知識、人間関係を有効活用して、自分の人生や家庭生活を自発的に作り上げていかなければなりません。
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この社会変動の影響は男女共に受けますが、特に、女性のライフスタイルや結婚・出産・育児といった大きなライフイベントへの影響が強く、女性は深刻な精神的ストレスを受けるリスクが高まります。この社会構造の変動と経済状況の変化によって女性のライフスタイルは急速に多様化しましたが、ここにストレス耐性の脆弱性やストレス対処の不適切性などの要因が重なると、女性のうつ病発症リスクも高まる恐れがあります。つまり、現代社会の流動性や相対性といった時代の急速な流れに対する適応性が十分でない場合、女性に限らず男性もうつ病などの精神障害を発症するリスクが高くなるのです。
女性のうつ病と社会変動からくる女性のライフスタイルの変化について語ってきましたが、ここで現代の家族の経済的なライフスタイルを端的に示す用語であるDEWKS(Dually-Employed With KidS)とDINKS(Double Income No KidS)について以下に簡単に説明しておきます。
DEWKS(Dually-Employed With KidS)……結婚して子供を産み育てている夫婦共働きの世帯。現代では核家族のDEWKSが多数派となっている。DINKS(Double Income No KidS)……夫婦共働きだが、夫婦の同意や意図により子供をつくらないと決めている世帯。生物学的原因による不妊の夫婦は通常含まない。
DEWKSとDINKSは、双方共に"共働きの夫婦"を指し示す用語ですが、子供がいる夫婦と子供がいない夫婦(生物学的問題によって不妊の場合を除き、意図的に子供を持たない夫婦という意味)という違いに注目して造語されたものです。よく社会保障制度の継続や民族国家(国民国家)の維持、健全な社会の活力向上の観点から、国民国家を繁栄させるものとしてDEWKSを賛美して肯定し、国民国家を衰退させるものとしてDINKSを非難して否定する論調もありますが、私個人は『自由主義と個人主義を前提として国力と人口動態に適合した政治判断や経済体制を採用すべき』という考え方をとり、両者の間に厳格な価値判断を行うことには懐疑的な立場を取ります。
ここでは、女性のうつ病と生理について記述することが第一義ですので、DEWKSとDINKSの価値判断や社会的対処について深入りしませんが、価値判断の整合性を考慮すれば『両性の合意に基づく結婚の自由と両性の合意に基づく出産の自由』には整合性を持たせるべきではないかと考えます。また、意図的に子供を作らない夫婦であるDINKSなのか、生物学的原因によって子供ができない夫婦なのかを公的に区別することは、プライバシー領域の侵害に当たり人権思想と衝突する部分が出てきますし、子供を作らない事に対する制度的ペナルティなどを与えることは公権力による個人的な性生活への干渉といった危険性を生み出す恐れがありますね。
同時に、経済的な豊かさと個人的自由を上位価値に置くDINKSの人生設計のみを肯定的に語ることも、社会(共同体)の継続可能性を縮小し、国家財政や社会保障を悪化させる要因となりますので余り好ましくありません。とはいえ、どういった家族生活が絶対的に正しいという指標を公的に明言して、社会にとって好ましくないライフスタイルにペナルティ(懲罰的対処)を与えることは避けるべきだと考えます。
DINKSは、子供の養育費や医療費などの負担がない分、高額商品の購入など消費生活を積極的に行うことで間接税を多く負担し、DEWKSは、必要な育児支援を受けて子供の教育と世話をしっかり行うことで、社会の継続や活力の向上を担う自立的な子孫を社会に送り出すというように、それぞれのライフスタイルに応じた社会的貢献を役割分担していくことが望ましいと思います。
女性の身体生理と月経前症候群(PMS)
女性のうつ病発症率の高さの原因は、単一の原因ではなく、ホルモン分泌など生物学的要因、社会的経済的要因、対人関係や喪失体験など精神的要因が相互に複雑に絡み合ったものです。また、あるストレス事態や不快な対人関係に対処する場合に、消極的に思い悩み続ける内向的な性格類型の女性やひとつの事柄に過度に執着して不快な過去ばかり振り返り続ける傾向の人、怒りや悲しみの感情を生じやすく情動のコントロールが苦手な人などはうつ病発症のリスクが増大します。
前述したように、女性のうつ病は、さまざまな要因と状況が相乗作用を及ぼすことで発病しますが、もっとも大きな要因は女性の身体生理、特に女性ホルモン産生にまつわる要因だと考えられています。各種統計調査では、うつ病発症率と女性のエストロゲンやプロジェステロンの濃度との間に相関関係があることが確認されており、女性の生理周期と気分変動の間にも有意な関係性が見られます。また、女性は女性ホルモンの産生が減少すると、身体の調子が悪くなったり、精神のバランスを崩したりといった健康面の損傷が目立ってきます。
女性ホルモンの増減が、女性の爽快感や抑うつ感といった気分変動と密接に関係しているのに対して、テストステロンという男性ホルモンの増減は、男性の昂揚感や憂鬱感といった気分変動と有意な関連性をもちません。一般に、男性は加齢現象と合わせてテストステロンの分泌量と濃度が低下しますが、テストステロンが少なくなったからといってうつ病発症リスクが高まるわけではないのです。
女性ホルモンであるエストロゲン(卵胞ホルモン)は、脳内のセロトニン系神経の機能と密接な関係があり、エストロゲン分泌が多くなると、セロトニンの情報伝達が活発になって抑うつ感や無気力といった精神運動抑制を起こり難くします。つまり、エストロゲン濃度の上昇が、セロトニンの分泌を促進し、『意欲増進・気分改善・行動の活発化・楽観的な積極性・精神機能の上昇』といった抗うつ病効果につながるのです。
うつ病の発症率に男女差があると言いましたが、その差が明確に現れるのは第二次性徴が現れる思春期以降であり、女性では初潮(初めての生理)が始まる10〜13歳くらいに気分が男性よりも変動しやすくなり生理周期に合わせて情緒不安定になりやすくなる人も出てきます。15〜18歳くらいの発達年齢になると、うつ病の発症率が男性の約2倍の水準に高まってきます。
女性ホルモンには、大きく分類してエストロゲン(卵胞ホルモン)とプロジェステロン(黄体ホルモン)の二種類があり、それぞれ以下のような特徴と機能を持っています。女性ホルモンは、化学構造的にはステロイドホルモンに分類され、主に性的成熟を迎えた女性の卵巣で産生されます。男性でも、副腎皮質や精巣において少量の女性ホルモンは産生されます。
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特徴と薬理 | エストロゲン | プロジェステロン |
---|---|---|
特徴 | 脳下垂体から分泌される卵胞刺激ホルモン(FSH)によって刺激された卵胞で産生されるホルモンがエストロゲンである。生化学的には、エストロン(E1)、エストラジオール(E2)、エストリオール(E3)という物質に分類されるが、最も活性が強く生体に大きな影響を与えるのはエストラジオールである。 | 脳下垂体から分泌される黄体形成ホルモンによって刺激された黄体細胞で産生されるのがプロジェステロンで、増殖した子宮内膜に受精卵が着床する準備を整える作用をする。黄体細胞とは、排卵後の卵胞の顆粒膜細胞が変性した細胞である。 |
子宮への作用 | 子宮内膜増生・子宮筋層肥大・子宮筋層のオキシトシン感受性亢進・子宮頸部の弛緩・子宮頸管腺からのバルトリン氏腺液分泌 | 子宮筋層のオキシトシン感受性低下・子宮筋の収縮抑制・頸管維持作用・頸管粘液分泌抑制 |
膣への作用 | 膣粘膜細胞の増殖・角化亢進 | エストロゲンと拮抗(対立) |
卵巣への作用 | ゴナドトロピンの黄体維持の作用を増強 | |
性器への作用 | 女性の第二次性徴促進・男性の第二次性徴抑制 | |
糖の代謝 | 糖代謝能低下 | 糖代謝能低下 |
脂質代謝 | コレステロール低下・LDLコレステロール低下・HDLコレステロール上昇 | エストロゲンと拮抗 |
神経系への作用 | 精神機能へ作用して気分を変動させ、行動を活動的にしたり抑制的にしたりする。 | エストロゲンよりも抑うつ感や億劫感などの精神運動抑制が強く、発熱や脳波障害、知覚障害の作用が現れることもある。 |
免疫系への作用 | 免疫能促進 | 免疫能抑制 |
皮膚・毛髪への作用 | 妊娠時の色素沈着(乳頭・乳輪・外陰部)、皮膚組織の再生、発毛促進(頭髪・腋窩・恥丘) | |
造腫瘍作用 | あり | なし |
女性の身体生理であるエストロゲンの分泌は、うつ病など気分障害の病理機序と関係のあるセロトニン、ノルアドレナリン、アセチルコリンの神経活動と関係していますので、女性ホルモン産生のバランスが崩れると、気分障害を発病する可能性が高くなります。
一般によく知られた女性の身体生理と関連した情緒不安定や気分障害には、以下のようなものがあります。
- 月経前症候群(PMS:PreMenstrual Syndrome)
- 月経前不快気分障害(PMDD)
- 妊娠中の気分障害(うつ病)
- 産後うつ病
- 閉経期・閉経後うつ病
月経前症候群(PMS:PreMenstrual Syndrome)
女性ホルモンの産生バランスが急速に変化する生理前には、女性の体調や精神状態は不安定になりやすいことは経験的に知られています。但し、通常の軽度の気分の落ち込みや不安、周囲に対するちょっとした神経過敏、短時間に起こるイライラなどは月経前症候群(PMS)には含めません。
その程度が強まって、通常の日常生活や人間関係に軽度の障害がもたらされた場合に、月経前症候群(月経前緊張症候群:premenstrual tension)という状態になります。月経前症候群によって発現する症状は、うつ病の身体症状と精神症状に極めて類似したもので、モルトーラによる診断基準は以下のようなものとなります。
月経前症候群の症状と診断
1.過去3回の月経周期において、月経開始前5日間に、下記の身体症状または精神症状のうち少なくとも一つが存在している。
精神症状……抑うつ気分・憂鬱気分・抑制できない怒りや憤りの感情・イライラ・不安感・情緒不安定の混乱・社会的ひきこもり
身体症状……乳房の痛み・頭痛・めまい・浮腫(むくみ)・腹部膨満感
2.それらの症状は、月経開始4日以内に消失し、少なくとも月経周期12日目までは再燃しないこと。
3.症状は、各種疾患の薬物療法やホルモン補充療法の副作用ではなく、アルコールや薬物の影響によるものではないこと。
4.2周期前まで遡る記録により、症状の出現が過去に確認されていること。
5.以下の状況によって、社会的経済的機能の障害が見られること。
5−1.職場、学校、家庭での精神機能や適応行動の低下が起こり、遅刻や欠勤などが目立ってくる。
5−2.社会的に孤立し、ひきこもり状況が多くなってくる。
5−3.配偶者との夫婦関係が不和になっていて、育児が協力して行われていない。
5−4.反社会的な行為や法に違反する犯罪行為が見られる。
5−5.漠然と死にたいと考える希死念慮が高まる。
5−6.精神症状ではなく身体症状に意識が向かい、身体症状を理由として病院の診療を受ける。
月経前症候群の場合、独立した疾患として確立しているほど重篤なものではないので、上記のモルトーラの心身症状と診断基準に厳密にこだわる必要があるわけではありません。それらの症状以外にも食欲増進・低下といった軽度の摂食障害に似た症状、頭痛、めまい、嘔吐、腹痛、動悸、のぼせなどの自律神経症状が見られることが多くあります。精神症状では、不安、緊張、情緒不安定が典型的な症状であり、漠然としたイライラや原因不明の不快感が強まることもあります。
月経前症候群は、一般に生理の一週間前から数日前に症状が出現し、生理の直前に最も症状が増悪して気分が著しく落ち込んだり、吐き気を催したりします。しかし、生理が始まると同時に、症状げ軽減あるいは消失する場合が殆どですので、月経前不快気分障害に至らない比較的軽度の月経前症候群の場合にはそれほど心配して悩む必要はありません。女性であれば誰でも多かれ少なかれ、一定の月経前症候群の症状が出てきますが、これは特別な病態などではなく一般的な身体生理に伴う必然的な現象であるという認識を持つほうが良いでしょう。
月経前症候群は、初潮後間もない時期や閉経前の女性に見られやすい症候群で、特に閉経前の女性の20%以上に見られるという統計結果が出ていますので、更年期の女性は若干注意しておいたほうが良いかもしれません。
月経前不快気分障害(PMDD)
月経前症候群の症状が重くなり、日常生活や対人関係に及ぶ障害が大きくなると、月経前不快気分障害(PMDD)という精神障害となります。PMDDは、その症候群の特徴から大きく3つの類型に分類することができます。抑うつ症候群は、うつ病(気分障害)の活動抑制的な精神症状とほぼ同一の症候群です。
1.抑うつ症候群
憂鬱感・抑うつ感・絶望感・無気力・自己否定・自己無価値感・自責感・罪悪感・興味と喜びの喪失・食欲異常(増進・減少)・睡眠障害・環境不適応の恐怖や混乱
2.身体化症状群
進行癌の嘔吐と下痢
乳房の痛み・頭痛・めまい・関節痛・筋肉痛・浮腫(むくみ)
3.精神活動亢進(興奮・怒り・いらだち)群
怒り・焦燥感・対人緊張・対人葛藤・イライラ
PMDDの原因については諸説ありますが、発病機序の中心を担っているのは『下垂体ホルモンと女性ホルモンのバランスの崩れ』です。精神状態の安定に関与する下垂体ホルモンとしてはエストロゲンの産生をコントロールする卵胞刺激ホルモン(FSH)とプロジェステロン産生と関係する黄体化ホルモンがあります。
しかし、PMDDに苦しんでいる女性が気をつけるべきなのは、生活習慣の正常化と心理状態のリラクゼーション、喜びや面白さを感じる事のできる趣味の発見です。PMDDは、うつ病関連性障害の一つではありますが、その多くは女性ホルモンの分泌異常に由来していますので、内因性の原因不明のうつ病とは区別すべきだと私は考えます。
つまり、耐え難いほどの抑うつ感や無価値感の水準にまで至っていない場合には、極力、リラクゼーションを核とする生活行動の改善を主眼とした治療を行ってみて、それでも全く症状や状況が好転しない場合に医学的な薬物療法を検討してみては如何でしょうか。
薬物療法を実施する場合の第一選択薬は、月経前不快気分障害(PMDD)の発症機序にセロトニンの不足が深く関係していると推察されることから、SSRI(セロトニン再取り込み阻害薬)となっています。その他にも、うつ病に付随する不安や興奮を緩和する為に精神安定薬として、ベンゾジアゼピン(BZD)系の抗不安薬が処方されることが多くあります。一般に、セロトニン系神経細胞の化学的伝達は、うつ病に限らず、不安障害、強迫性障害など多くの精神疾患と何らかの相関関係を持っています。
そのため、シナプス間隙のセロトニンが枯渇してくると『憂鬱・抑うつ・不安・意欲減退・焦燥感・イライラ・自己嫌悪・自信喪失・パニック・知的活動性の低下』などうつ病に特徴的な精神症状が現れてきます。身体症状としては、『生理的欲求の低下に基づく症状』が前面に出てくることが多く、睡眠障害による不眠がほぼ必ず起き、拒食や過食などの摂食障害も頻繁に見られます。
エストロゲンやプロジェステロンを用いたホルモン補充療法が奏効する事もありますが、女性ホルモンを用いた治療はPDMMの標準的療法ではなく、統計学的なエビデンス(実証性)も十分なものではないとされています。ビタミン、ミネラルなどのサプリメントやハーブや温泉を用いた民間療法などもリラクゼーション効果や気分転換の作用を期待できますが、根本的な治療法ではないのであまりに高額な民間療法の場合は避けたほうが良いでしょう。
月経前症候群や月経前不快気分障害の発症リスクが高まるのは、出産後間もない時期と閉経を間近に控えた更年期ですが、女性ホルモンのバランスは男性ホルモンよりも崩れやすく精神運動(活発性と能動性)に大きな影響を与えます。また、女性ホルモンそのものの産生や分泌を意識的に薬剤を用いずにコントロールすることは出来ませんが、栄養バランスを考えた食事内容を工夫したり、感動や喜びを感じられる機会を増やしたり、精神的に安心できる生活環境や人間関係を整えていくことで月経前症候群に対する予防的な対処をすることはできます。
いずれにしても、月経(ホルモン濃度の変動)に関連する気分障害は、『好ましい環境における時間経過によって自然寛解する可能性が高い症状』ですので、必要以上に将来に対して悲観的になったり、投げ槍な無力感に満ちた行動を取らずに、気分の悪い時にはゆったりと休養を取るようにしましょう。気分が上向いた時には、身体を積極的に動かして、自分なりに緊張を緩和できるリラックス法を探してみるのも良いでしょう。信頼できる人に自分の悩みや不安をしっかりと聴いてもらったり、自分のペースで趣味・娯楽の充実を工夫していき、平凡な日常の中での心地良い感動や驚きに気付く体験を意識的に味わうようにするのもいいですね。
妊娠中の薬物療法に関する注意点
女性ホルモン濃度の高くなる妊娠そのものは、気分障害発症のリスクとしてそれほど高いものではありません。妊娠はうつ病を経験した事のない女性のうつ病発症のリスクファクターではありませんが、過去にうつ病の既往症のある女性の再発率を若干高めることがあります。また、抗うつ薬の胎児への副作用を考慮すると、余ほど母体のうつ病が重篤なものでない限りは、抗うつ薬による薬物療法(維持療法)を中断しなければならなくなります。
その為、妊娠によって最もうつ病の精神症状の影響を受けやすいのは、それまで抗うつ薬による治療を継続していた女性という事になりますが、妊娠中は平常時よりも女性ホルモン産生が盛んになるので維持療法中断の副作用もそれほど深刻なものとはならないことが殆どです。また、生理学的要因や薬理作用だけではなくて、出産に対する社会制度的支援の有無や出産に対する配偶者の協力意志の強弱、結婚生活の円満度などの環境要因も妊婦の気分や情緒に大きな影響を与えます。
妊娠中の母胎に与える影響で最も懸念されるのは、胎児の催奇形性ですが、それを最も注意すべき期間は妊娠初期3ヶ月の胎児が極めて未成熟な時期です。精神疾患の病態がある程度良くない場合でも、妊娠初期の薬物療法は回避したほうが安全でしょう。また、催奇形性のみの発症リスクで考えれば、抗うつ薬で最もリスクの低い薬剤は第三世代のSSRIです。
また、SSRIは、早産・流産・死産などのリスクも、SSRIを投与していない対象群と有意な差がないという統計結果が出ていますので、妊娠中もどうしても抗うつ薬を飲まなければならない場合にはSSRIが選択されることが多いようです。いずれにしても、抗うつ薬を日常的に処方する専門医でないと責任ある判断ができませんので、うつ病や不安障害などで薬物療法を行っている女性で、妊娠の可能性がある場合には、産科婦人科や心療内科の医師にこまめに相談して適切なアドバイスをもらい、療法の変更を行ってもらうことが必要でしょう。
精神神経科領域の薬物療法を妊娠期間中に行うか否かは、全て『精神疾患を有する妊婦に、薬物を投与することの有益性が、その不利益や危険性を上回る場合にのみ処方』されることとなっています。胎児の催奇性のリスクを最も警戒すべき薬剤としては、躁鬱病治療の第一選択薬となりやすい炭酸リチウム(リーマス)とてんかん患者が飲む必要のある抗てんかん薬の一部です。
アメリカのFDA(米国食品医薬品局)が集積した大規模な統計学的調査によれば、炭酸リチウムと抗てんかん薬以外の薬剤は、人の催奇性リスクを必然的なレベルに高めるものではないとされています。しかし、どの薬剤であれば絶対に安心とはいえない部分もありますので、実際の妊娠期の薬物療法に関しては、やはり信頼できる主治医から納得いくまで説明を受けて、自らの意志で判断することが重要だと考えます。
抗うつ薬などの薬物を服用している期間の母乳保育の問題に関しては、薬物を服用している場合には粉ミルクなど人工ミルクで育児をすることが望ましいでしょう。抗うつ薬の血中濃度が低下(半減)するまでそれほど長い時間はかからないのですが、精神疾患の治療薬の成分は母乳に移行しますので、薬物療法を継続している場合は母乳を与えないほうが安全です。
母乳を飲む新生児の中枢神経系に、亢進(興奮・泣き叫ぶ・不眠・落ち着きのない多動)や抑制(過眠・元気のなさ・気分の停滞)の影響を与えるという報告がなされていますが、母乳そのものによって精神疾患のリスクが高まるということはないですので、何回か知らずに母乳を与えたとしても過剰な心配をすべきでもありません。また、SSRIも母乳中に移行するので、母乳保育を行わないほうが良いでしょう。
妊娠のメンタルヘルスに関する話に戻りますが、そもそも妊娠以前に妊娠を希望していたのか否かという出産意欲や子どもへの愛着、動機付けなどによっても、妊婦の精神状態が大きく変わってきます。基本的に、当たり前のことですが、子どもを産みたいと考えて妊娠した妊婦の場合は気分が安定しやすく動揺も少なくなります。反対に、本当は子どもを産みたくないのに妊娠してしまった場合や本人の動機付けとは別の環境要因(両親や配偶者の一方的希望)によって出産を余儀なくされている場合などには、気分障害による精神運動抑制の抑うつ感や落ち込みが発症しやすくなります。
また、精神障害発症のリスクファクターとして考慮に入れておく妊娠事態として、レイプなどの性犯罪による妊娠やその結果としての人工妊娠中絶などの場合があります。この場合には、重度のうつ病など気分障害の発症リスクが高まるだけでなく、深刻なPTSD(心的外傷後ストレス障害)の可能性を視野に入れて慎重なメンタルケアを行っていかなければなりません。
PTSDが発病するか否か、長期間にわたって極度の恐怖や嫌悪を感じるフラッシュバックが反復するか否かは、ストレス耐性に関係する性格類型や性道徳観念の強度などによって大きな個人差がありますので、一概に性犯罪に遭えば必ず深刻な精神病理に陥ると断言することはできません。しかし、外見から元気で快活そうに見え、過去の精神的被害に全くこだわりや恐怖がないように振る舞う人でも、心の奥深い領域に根深い精神的な傷を負っている場合が多くあります。周囲の人たちや心理臨床家は、安易に過去のトラウマの影響を軽視することなく、その苦痛や怒りに対する共感的な対応を心がけるべきでしょう。
性犯罪の被害者で何らかの心理的問題を抱えている人に対しては、正常な日常生活の回復を目的とした長期の経過観察と共感的配慮が必要となりますが、最も重視すべきなのは『他者への基本的信頼感の取り戻し』と『安心して生活できる環境と関係の構築』だと思います。
産後うつ病とマタニティ・ブルー
出産を終えて間もない時期の女性が、情緒不安定になったり、気分の落ち込みや無力感を生じやすいことは、マタニティ・ブルーという言葉と共に比較的よく知られた心理現象です。しかし、マタニティ・ブルーそのものは独立した精神疾患ではありません。多くの場合、産後数日〜1週間程度に抑うつ感を中心とする症状が現れて、重症化することは殆どなく1ヶ月もしない間に軽快して自然治癒するケースが多くなっています。
マタニティ・ブルーには、客観的な診断基準はありませんが、症状の特徴として『重度でない抑うつ感・不安感・焦燥感・知的能力の低下・悲哀感による涙もろさ・睡眠障害』などうつ病類似の症状がそれほど重症でない程度に発現してきます。
マタニティ・ブルーがやや重症化した病態である産後うつ病の症状の種類と重症度の概括を測定する心理アセスメントとして、『エジンバラ産後うつ病質問紙』というものがあります。以下のような質問項目と選択肢になっています。
エジンバラ産後うつ病質問紙ご出産から現在までの心理状態について質問しますので、過去7日間を振り返ってみて、自分にもっとも当て嵌まる項目を選んでください。
[各質問に対する選択肢]
1.全くその通りである。
2.大体あてはまる。
3.あまりあてはまらない。
4.全くあてはまらない。1.今まで通りに笑うことができるし、物事の面白さを感じることができる。
2.物事がうまく進まないときに、自分に苛立って必要以上に自分を責める。
3.理由もないのに不意に恐怖感が襲ってくる。
4.理由もないのに突然、不安感が襲ってくる。いつも漠然とした心配が頭から離れない。
5.やるべき事柄がたくさんあっても、順序良く対処することができる。
6.自分が不幸だという感情がいつもあって、不眠になりがちである。
7.自分が不幸だと感じてしまって、涙を流してしまうことがある。
8.自分自身を傷つけてしまいたい衝動がある。
9.悲しくなったり、自分を惨めな存在だと感じる。
10.楽しみにして待っている予定や計画がある。
1,5,10は逆転項目で、『1.全くその通り』であるに近いほど、憂鬱感や無力感が弱く、健康的な心理状態で問題がないと判断する。
出産後に発症リスクが最も高い精神疾患は、単極性の気分障害(うつ病)ですので、極端に強い抑うつ感や意欲減退、不安感などを感じてそれが1週間程度では収まる様子のない時には、マタニティ・ブルーや産後うつ病の可能性を考える必要性があります。しかし、女性ホルモンの変動によって発症契機を迎える産後うつ病のような女性特有のうつ病は、通常の内因性うつ病よりも短期間で軽快して回復することが多いので、鬱状態が続いていることをあまり意識して悩みすぎないことが大切だと思います。
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