2012年6月3日日曜日

摂食障害 - Wikipedia


摂食障害(せっしょくしょうがい、eating disorder)は、精神疾患の一種である。近年では嚥下障害等の機能的な摂食障害との区別をつけるため、中枢性摂食異常症とも呼ばれる。厚生労働省の特定疾患(難病)に指定されている。

患者の極端な食事制限や、過度な量の食事の摂取などを伴い、それによって患者の健康に様々な問題が引き起こされる。主に拒食症と過食症の総称である。人間関係の問題などの心理的ストレスに対する耐性不足や、社会適応性の未発達、コミュニケーションの不全などが原因とされている。依存症の一種である。

摂食障害は大きく拒食症、過食症に分類される。拒食と過食は相反するもののように捉えがちだが、拒食症から過食症に移行するケースが約60~70%見られたり、「極端なやせ願望」あるいは「肥満恐怖」などが共通し、病気のステージが異なるだけの同一疾患と考えられている。

よって拒食症、過食症を区別する指標は、基本的には正常最低限体重を維持しているかどうかのみである。

一定時間に渡り、食べ物を口に入れ咀嚼し、飲み込まずにビニール袋などに吐き捨てるという行動を繰り返すチューイング(噛み吐き・噛み砕き)と呼ばれる行為も存在する。一見、拒食とも過食とも取られる行為で、特定不能の摂食障害の一部にまとめられる。

また、リストカットなどの自傷行為を行う患者では高確率で拒食・過食などの摂食障害の合併がみられ、摂食障害患者の59 - 76%に自傷行為、アルコールや薬物の乱用、重篤な爪噛み、抜け毛といった行為がみられ、摂食障害、自傷行為、薬物依存は密接な関係があるとされる。またこれらは、衝動性の高いパーソナリティや、自罰・禁欲嗜好のパーソナリティなど、特定のパーソナリティ傾向にのみ限局しない所見である[1]。なお、摂食障害の患者は強迫的な性格傾向が強いとされる。拒食症・過食症ともに、嘔吐を伴う患者は例外なく強迫性性格である[2][3]。ローゼンバーグは摂食障害を「現代的な強迫神経症」と称している[4]

治療は精神科ではなく心療内科で行われることが多い。九州大学病院では「軽症の摂食障害」、「中核的な摂食障害」、「境界性パーソナリティ障害的な摂食障害」の3つに分類し、境界性パーソナリティ障害的な摂食障害患者に関しては精神科で取り扱っている[5]

症状は、拒食症、過食症などのタイプによっても異なり、また同じ拒食症・過食症などでも、患者によって症状は多様である。


摂食障害の根本的

拒食症では極端な食物制限が中核となる。食事を食べているところを他人に見られたがらない場合も多い。その他、体重を減らそうとして運動をするなどの過活動がみられることもある。拒食によって体重低下が進んだ結果、異常な低体重となり、女性の場合は月経が停止する事もある。この時期でも本人はいたって元気な様子を見せ、病識が無い場合が多い。摂食障害の存在を周囲に隠したいため、人前では食品を食べてみせ、直後にトイレに行き、食べたものを全て吐くといった行動をとる患者もいる。

摂食行動以外にも、抑うつ症状や気分の変動、リストカットなどの自傷行為・アルコール乱用、社交不安障害や強迫性障害などの不安障害、パーソナリティ障害による精神症状を合併することも多い。学生の場合、拒食から過食に転じると不登校や休学の原因になることがある。抑うつは大概日内変動を伴い、食行動と密接に関わっている[6]

拒食症の無茶喰い・排出型や過食症などでは、短時間に多量の食べ物を摂取する過食行為がみられる。自己誘発嘔吐や下剤乱用などの行為を伴うことも多い。自己誘発嘔吐によって、咽頭に爪による潰瘍を生じたり、利き手の指や手の甲に胼胝(タコ)ができたり(いわゆる"吐きダコ")することもある。

嘔吐や下剤乱用による電解質代謝異常、脱水、マロリー・ワイス症候群などの消化管の損傷や、痩せや栄養失調による感染症や貧血、低蛋白血症によるむくみ(一見痩せていないように見える)、骨粗鬆症等、過食による肥満や糖尿病、胃拡張などの内科的疾患を併発することもある。

拒食状態ではエネルギーとなる糖が少なく、低血糖に陥る。その結果脳の活動が阻害され意識障害が起こる。極端な低血糖が持続した場合、脳萎縮など脳細胞に回復不可能な障害が引き起こされる。嘔吐や毎日の下剤の使用により、電解質(カリウム、ナトリウム、クロールなど)の低下が起こり、心機能の低下や全身の脱力感、痺れ(テタニー)を生じる。低カリウムの状態では心不全に陥り、心臓が停止することもあり危険である。

血中のコレステロールは高く、血圧は低い。手足の末端は冷たくなり、脱毛、皮膚の乾燥、背中にうぶ毛が生えることもある[7]

DSM-IV-TRによる基準は以下の通りである。


炭水化物頭痛
  • 神経性無食欲症: いわゆる拒食症であるが、さらに下記の二つに分類される。
    • 制限型:食物を口にすることを重度に制限する。
    • むちゃ食い・排出型: 過食後に自己誘発性嘔吐や下剤などで代償行為を行う。神経性大食症/排出型と違い、標準体重の85%以上になることの拒否などの拒食症状を伴う。
  • 神経性大食症: いわゆる過食症であるが、さらに下記の二つに分類される。
    • 排出型: 不適切な代償行為(自己誘発性嘔吐、下剤・利尿剤・浣腸の誤った使用、絶食、過度の運動等)を定期的に行うタイプ。
    • 非排出型: 排出以外の代償行為(絶食、過度の運動等)のみを行うタイプ。
  • 特定不能の摂食障害 (英: Eating disorder not otherwise specified)


2013年発表予定のDSM-5では、特定不能の摂食障害の一部にまとめられていた「むちゃ食い障害」が、新たに独立した病型となっている。神経性無食欲症では、診断基準の必須項目から無月経という条件がなくなり、神経性大食症の下位病型分類が無くなっている[9]

拒食と過食は周期的に繰り返される場合が多く、心療内科医・精神科医など医師や心理カウンセラーの心理的なカウンセリングを受けることが有効であることもある。しかし専門性の高い医師は多くはないのが現状である。 拒食や過食の食行動異常が注目されやすいが、その背景にある心の問題を解決しないと摂食障害は完治しないこともある。背景の問題解決には周囲の協力が必要である。

[編集] 精神療法

精神療法としては、行動療法、認知療法、対人関係療法、家族療法などがある。栄養リハビリテーションも必要である。

[編集] 薬物療法

摂食障害では、極端な軽症例を除き薬物療法は有用である[6]

薬物療法については、過食症に対して、米国ではSSRIのフルオキセチン(日本では未認可)での治療が、国内ではフルボキサミン(商品名ルボックス・デプロメール)、パロキセチン(パキシル)、セルトラリン(ジェイゾロフト)の投与による治療が広く行われている。これらの抗うつ薬は、理論上は脳の摂食中枢に作用し食欲をコントロールする作用があるとされているが、意思による食行動を止めるには限界があり、食行動に直接働きかけるという意味では日本で承認されている薬剤はない。薬は合併症として生じた抑うつや強迫症状などを改善する目的や、精神療法や行動療法への導入を容易にするなどの目的で用いられることが多い[10]


不眠症による影響の健康

摂食障害患者100人を対象とした調査では、フルボキサミン、パロキセチン、スルピリド(ドグマチール)、クロミプラミン(アナフラニール)が、食行動などの中心症状を改善するのに有効であったとの報告がある[11]。神経性無食欲症・制限型の患者ではスルピリドが有効であり、食欲や体重増加、抑うつ症状の改善、副作用の少なさから、精神療法などが著功しないケースには適するとされる[12]。またクロミプラミン、マプロチリン(ルジオミール)、フルボキサミンも1/3の患者で効果がみられた。神経性無食欲症・排出型ではフルボキサミン、パロキセチンが最も有効であり、神経性大食症の患者では、クロミプラミン、フルボキサミン、パロキセチン、トラゾドン(レスリン・レジレル)が有効であったと報告がある。

なお、拒食症患者の場合、体重や低栄養が回復すると抑うつも改善する傾向があり、体重回復を待ち薬物療法が必要か見極める必要がある。栄養状態が悪く抑うつ的な患者は薬物の副作用が出やすいとされる[13]

摂食障害になる心理学的背景として以下のような説がある。

  1. 親との不良な関係、2 - 5歳児期の人格基礎形成期に欲求5段階の安全安心の欲求、愛情や所属の欲求が満たされず、間脳視床下部食欲中枢に障害が起きているという説
  2. 対人関係の恐怖からの代償行動説
  3. 「女性性の拒否」による代償行動説
  4. 肥満への恐怖からのダイエット・ハイ説
  5. ストレス説(結婚生活のストレスや複雑人間関係、深いトラウマ含む)
  6. 遺伝説

「痩せ」を賞賛する社会風潮も、摂食障害が増えている一要因である。日本の女子高校生を対象にした調査では、全体の約9割が 「今より痩せていなくてはならない」と答え、痩せているほうがより良いとする社会風潮の影響を受けていることがわかった。

世界的には、2005年に拒食症で死去したモデルのアナ・カロリナ・レストンの事件を境に、 "痩せ過ぎモデル"が与える社会影響などの議論が各国で加熱した。 4か国代表会議に参加したスペイン・イタリアは「痩せ=美しい」という誤った美の観念を与える危険性があると、 一定のBMI値に満たないモデルのランウェイ出場を禁止。大手アパレルメーカーも政府のガイドラインに従う意向を表明した。

アメリカファッション協議会は、「拒食症をはじめとする複雑な摂食障害はファッション業界のみの責任ではない。 しかしキャンペーンで摂食障害の認知と意識向上に協力することはできる」と述べた[14]

患者本人の会、親の会など各都道府県に独自の自助グループが多数存在する。


有病率は女性が約9割と圧倒的に多く、男性は全体の5 - 10%程度である。工業先進国に極端に多く、発展途上国、旧共産諸国などにはほとんど見られない。 日本では2 - 3%と言われているが、心療内科や精神科での治療に抵抗がある者が多く、未治療者も含めるとそれを大幅に上まわるとされる。2002年に行われた、中学・高校・大学生を対象とした大規模なある実態調査では、女子学生の50人に1人が拒食症、25人に1人が過食症、10人に1人がその予備軍であった。この10年間に拒食症は2倍、過食症は3倍に増加している[15]

思春期・青年期女性の有病率は拒食症が約0.1 - 0.2%、過食症が約1 - 3%であるとみられている。発症後は慢性に経過するか寛解と再発を繰り返すことが多い[16]。一般に中流以上の家庭、両親・または片方の親が高学歴など社会的地位の高い家庭の女子に多く見られる[17]。家庭は社会的には機能していても内情は不全のケースも多い。

アメリカでは、摂食障害を持つ女性が100万人 - 500万人、男性が約100万人いると推定される。また年に5万人が摂食障害によって命を失っているという[18]。女子大生の4 - 5%が摂食障害だとされている。


  1. ^ 松本俊彦 『自傷行為の理解と援助―「故意に自分の健康を害する」若者たち』〈日本評論社〉2009年8月
  2. ^ 下坂幸三、秋谷たつ子『摂食障害 (家族療法ケース研究)』〈金剛出版〉1998年
  3. ^ 下坂幸三「過食の病理と治療」〈金剛出版〉1991年
  4. ^ Rothenberg A. Eating disorder as a modern obsessive-compulsive syndrome. Psychiatry 49;45-53,1986.
  5. ^ 九州大学病院 心療内科 内分泌研究室
  6. ^ a b 下坂幸三 『摂食障害治療のこつ』 〈金剛出版〉2001年
  7. ^ 井上洋一 『摂食障害の理解と対応―現代の思春期女性』〈メディカルレビュー社〉2005年
  8. ^ American Psychiatric Association 『DSM-IV-TR 精神疾患の分類と診断の手引』〈医学書院〉2003年8月
  9. ^ 『精神科治療学』 第25巻08号 〈星和書店〉2010年08月
  10. ^ 『こころの科学』 No.116〈日本評論社〉2004年7月
  11. ^ 大谷正人、鵜飼あかり、角屋亜希子 『摂食障害の薬物療法:Comorbidityも含めて』三重大学教育学部研究紀要 自然科学 2002年
  12. ^ 切池信夫、永田利彦「摂食障害の治療と薬物」 『神経精神薬理』 15:29 99,1993
  13. ^ 佐藤光源 監修『米国精神医学会治療ガイドラインクイックリファレンス』〈医学書院〉2006年
  14. ^ AFP BB News
  15. ^ 烏丸御池中井クリニック 『摂食障害について』
  16. ^ 厚生労働省 e-ヘルスネット『摂食障害:神経性食欲不振症と神経性過食症』
  17. ^ 高木洲一郎,浜中禎子 『拒食症・過食症の治し方がわかる本』〈主婦と生活社〉2001年
  18. ^ 矢部武 『アメリカ病』(新潮新書)2003年

[編集] 関連項目

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